令和6年 閉会中 文化生活・教育常任委員会―2024年11月25日〜島田敬子府議の質疑応答部分

所管事項の調査

下記のテーマについて、理事者及び参考人から説明を聴取した後、質疑及び意見交換が行われた。
 ・共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育の推進について

◯山口勝委員長  まず、所管事項の調査についてでありますが、本日のテーマは「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育 [※inclusive education:人間の多様性の尊重等を強化し、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能にするという目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ理念・仕組み] の推進について」であり、通知をお送りいたしました略歴のとおり、参考人として、京都大学学生総合支援機構准教授の村田淳様に御出席をいただいております。
 本日は、大変お忙しい中にもかかわらず、本委員会のために快く参考人をお引き受けいただき、誠にありがとうございます。
 村田様におかれましては、京都府立大学大学院公共政策学研究科博士前期課程を修了された後、京都大学において障害者学生支援に従事され、現在は、同大学学生総合支援機構の准教授として、障害のある方も周囲の学生と同じように過ごし成長していけるような学内環境をつくり上げるべく、様々な活動に取り組んでおられます。また、京都府特別支援教育サポート拠点事業府専門家チーム委員としても大変お世話になっているほか、文部科学省や日本学生支援機構をはじめ障害者支援に関する検討会などの委員を務められるなど、幅広く御活躍されていると伺っております。
 本日は、そういった日頃の御活動を踏まえてお話をお聞かせいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、初めに理事者から、テーマに係る説明を聴取いたします。説明は簡潔明瞭にお願いいたします。

◯相馬直子 指導部長  それでは、お手元に配付の右肩に教育委員会とございます資料に基づき説明をさせていただきます。ただいま通知をお送りいたしました。御覧いただければと思います。
 まず1つ目のインクルーシブ教育システムの構築についてでございますが、平成24年の中央教育審議会初等中等教育分科会におきまして、資料1の(1)(2)にございますとおり、共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築のための特別支援教育の基本的な方向性が取りまとめられ、インクルーシブ教育システムの構築のためには、特別支援教育の推進が必要不可欠であること、また同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、自立と社会参加を見据え多様で柔軟な仕組みを整備することが重要とされています。
 また、令和3年の中央教育審議会答申では、(3)にございますとおり、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった連続性のある「多様な学びの場」の一層の充実・整備を着実に推進していく旨の考え方が示されたところです。
 次に、2の京都府における特別支援教育についてでございます。京都府教育振興プランにおきまして、1)から 3)のとおり「目指す教育の姿」をお示し、共生社会の形成に向けた教育と、そのための基礎的環境整備に取り組んでおります。
 特別支援教育をめぐる主な現状と課題でございますが、資料の2ページを御覧ください。一番下に参考として数字を示しております。少子化によりまして小・中・高校の児童生徒数は減少の一途をたどっておりますが、通常の学級を含む特別な支援が必要な児童生徒数は増加傾向にございます。令和5年度の欄を御覧いただきたいのですが、義務教育段階では、小学校・小学部で10,600人、中学校・中学部では4,441人の計15,041人で、平成25年度と比較いたしますと約3.4倍の増となっております。
 資料1ページにお戻りください。こうした状況を踏まえまして、現在、特別支援教育に係る校内研修や関係機関との連絡調整及び窓口相談等を担う特別支援コーディネーターを全ての学校で指名し、校内体制の整備を行っているところでございます。また、現状・課題の(2)にございますとおり、就学前の早期相談から進学や就労等までの切れ目ない支援体制の充実と個に応じた多様な学び方について、より具体化を図る必要がありますので、(3)のとおり、全ての教員による特別支援教育を各校が組織的に推進できる体制整備を図っているところであり、そのための人材育成が課題となっているところでございます。
 次に、主な事業と取組状況についてでございますが、小・中・高校では、(1)(2)にお示しのとおり、学校全体が組織的・体系的に取り組む体制の充実を図るため、非常勤講師を配置しております。また、2ページ目になりますが、(3)(4)のとおり、特別支援学校では、各校に地域支援センターを設置し専任の地域支援コーディネーターによる相談支援や研修支援等を行い、各地域における特別支援教育のセンター的機能を担っております。さらに、学校等を重層的に支援するための拠点として、府全域を対象とする京都府スーパーサポートセンターを設置し、学識経験者、医療関係者などの協力を得て専門性の高い助言や相談、研修支援に取り組んでいるところでございます。
 最後に、3の京都府におけるインクルーシブ教育システム構築の推進についてでございます。1点目といたしましては、国の委託事業「インクルーシブな学校運営モデル事業」を活用し、本年度から3年間の予定で舞鶴地域において、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が交流及び共同学習を発展的に進めていきたいと考えております。
 2点目といたしましては、昨年12月策定の魅力ある府立高校づくり推進基本計画に基づきまして、府立高校におけるインクルーシブ教育環境の整備やSSC・各地域支援センターとの連携強化を図るとともに、京都フレックス学園構想による高校において実施しております通級による指導の実践や成果を検証し、その拡充を図りたいと考えております。
 3点目といたしましては、今後のインクルーシブ教育推進の在り方とその方向性につきまして、特別支援教育をめぐる現状や諸課題も踏まえて幅広く検討し、学校現場での具体的な教育活動につなげる指針策定を進めてまいりたいと考えております。
 府教育委員会といたしましては、これらの取組を進め、障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り同じ場で共に学ぶインクルーシブ教育を含め、共生社会の実現に向け、引き続き取り組んでまいります。
 説明は以上でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

◯山口勝委員長  次に、参考人の意見を拝聴いたしたいと思いますが、準備が整うまで、しばらくお待ち願います。
 それでは、村田様、よろしくお願いいたします。

◯村田淳 参考人  京都大学の村田淳と申します。本日は、貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。ここから30分弱ほどお時間をいただいておりますので、今日のテーマに沿ったお話で私のほうから情報をお届けしたいなというふうに思っております。
 冒頭、タイトルですけれども、皆様のお手元にもあるかと思いますが、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育の推進」というのが主なタイトルとなっております。サブタイトルといたしましては、「高等教育における支援の現状というものをふまえて」。このテーマについてお話を展望としてお届けしたいというのが、今回の趣旨になります。この「高等教育における支援の現状をふまえる」というところが一つ、キーになるかなというふうに思うんですけれども、今日、話の途中でも、今、大学で何が起きているのかというのを一部、お話をしたいと思っています。
 こういったことの前提とか後押しになるような初等中等教育の現状、これまでの経緯というものと、さらにここを経てどういった形で障害のある人、あるいはない人もそうですけれども、社会に出ていくのかというところのパイプになっているような出来事について、まずは全体像を皆様にもおつかみいただいて、その上でこのタイトルのメインにありますインクルーシブ教育というものがどうあるべきなのかというところに話を及ばせていければなというふうに思っているところです。
 冒頭、恐縮ですけれども余談になりますが、私自身も京都府で長年育ってきております。個人的な話になりますが、私は1981年の生まれで京都府の宇治市出身なんですね。宇治市でずっと教育を受けてきて、今でもずっと京都に住んでいるという者になるんですけれども、約四十数年前になりますが、その当時の教育の現状というものと今の教育の現状は当然異なるんですね。これは、教育が変わってきたのではなくて、世界や日本社会、そして京都府などが地域社会、国際的な範疇も踏まえて変わってきたことの後押しが教育に反映されているというのが一つ重要なところなんです。
 今日の話も、インクルーシブ教育の推進というものが主なタイトルにはなっているんですが、実はインクルーシブ教育をいかにどうやるかというのが大事なのではないんですね。もちろんそれを達成するためのパーツとして、どういったスキルが要るのか、どういった情報が要るのか、どういった施策が要るのかというのはもちろん重要なんですけれども、そもそもインクルーシブ教育を実現するのが目的なのではなくて、教育そのものも目的ではなくてあくまでも手段ですよね。国をつくる、地域をつくっていくときの手段の一つに教育があるということを念頭に置きながら、今日の話も少し聞いていただけるとうれしいなというふうに思っております。
 私自身はこの分野を専門とする者になるんですけれども、広い意味でいうと福祉社会学というものが専門なんですね。特に成人期、特に働くとかそういったところについて障害の人たちに向けて、どういうふうに地域社会を構成していくのかというところが専門になるんですが、主な仕事の一環としては、京都大学の中でまさに相談支援を行っている支援者の一人でもあるというのが一つの特徴です。
 京都大学の中にも、こういう支援部署というものが今、設置されています。全学的な支援部署ができたのが2008年のことなので、今、15〜6年経つわけなんですけれども、こういう話をしているということは、京都大学の中にも障害のある学生が学んでいるんだなということがお分かりいただけると思います。
 ちなみに、どれぐらいいるというふうに皆様、想像されますでしょうか。京都大学で、「支援が必要な」という言葉が前につきますけれども、支援が必要な障害のある学生がどれぐらいいるか。これは、現時点での登録者数でいうと230名以上おります。よくグレーゾーンという言葉などが使われることがありますけれども、そういった言葉を含めずに230人いる。つまり、障害のある学生がそれを自分でも認識をして、何らかの配慮を要請する。今でいう合理的配慮というものですね。それを利活用しながら学んでいる学生がそれぐらいいるというのが、今の実態なんですね。
 じゃあ、京都大学でこの取組が始まった十数年前はどれぐらいだったかというと、対象者は10人から15人です。つまり、15年少しの間の中で、京都大学という1つの大学の中においても、倍増どころではないですね。10人、15人が230名ということになっていますので、そういったふうに変化してきている。これは実は後ほども紹介しますが、全高等教育機関で同等です。
 やはり高等教育というものの性質上、これは率直に申し上げますが、いわゆる知的に障害がある場合にそこにアクセスしづらいということは当然起きます。ただ、それ以外の障害の種別というのは、恐らく皆様が考えられるような方は皆さん、所属しています。例えば今でも、全盲の学生もいれば聾の学生もいますし、いわゆる重度・軽度という言い方はあまり好ましくありませんけれども、重度、例えば24時間の介助が必要な学生というのも複数名学んでいますね。
 そういったことが今、高等教育の実態になっているということで、京都大学でもこういう専門の組織があり、かつ京都大学には特殊なんですけれども、2段目に書いているHEAP(ヒープ)と通称で読むんですが、こういったプロジェクトも同時に行っているというのが特徴です。これは日本全国の中でも非常に珍しいですね。要は、一大学の一支援部署が、この分野の外向けのプロジェクトもしているというのは、日本で京都大学のみなのですね。実はこうやって京都の同じ地域の中にある大学が、高等教育で障害のある人がどうやって学ぶのかということの全国的な拠点も持っているというのは、意外と知られていないことかもしれません。こういった立場から今日のお話を進めていきたいと思います。
 まず冒頭なんですけれども、そもそもインクルーシブ教育を考える上での前提ということで、先ほど指導部長のほうからも幾つかありましたけれども、改めて基礎情報をおさらいできたらと思っています。まず大前提は、子どもが減っているということですね。全体的に子どもが減っているにもかかわらず、配慮を必要とする生徒児童が増えている。これは日本全国同様に起きています。これが一番上のところで示したものですね。
 従来であれば、一般論としては、障害のある児童生徒がどこで学ぶのかというのを考えたときに、昔でいう養護学校、今でいう支援学校で学んでいると多くの人が想像されると思います。これは日本の特徴なんですけれども、確かにこれは日本の実態でしたし、この間でもその割合というのは増えている。この1.3と書いているところがその部分に当たるところですね。一方で、下に目を向けていただきたいんですけれども、小学校、中学校の中で特別支援学級、要は通常校の中にあるそういった配慮を必要とする児童生徒が所属する学級として存在している特別支援学級の利用者、これは2倍になっています。また、通級ですね。要は、学級そのものは通常のクラスに入るんですけれども、特定の科目とかそういったところだけ取り出して、その科目だけはいわゆる特別支援学級のような形で学んでいこうというようなスタイルですが、こういったことの利用者も2.3倍にこの間、増えているというのが、一つの実態なんですね。
 この2枚目のところは少し小さなスライドになるので飛ばしておきますが、今、申し上げたようなところの数字が強化されていますということを表しているものになります。
 また、次のスライドですけれども、これは特別支援学級の児童生徒、学級数ということで増加傾向が示されているということで、これが先ほどのローデータに当たるものになってくるということです。
 特に注目していただきたいのが、この次のスライドのところなんですね。これは、先ほど言った通級指導を利用している児童生徒の増加の推移というものをうたっています。何度も申し上げますが、基本的には小・中学生が減っている傾向の中で、これだけ通級指導、つまり特定の科目を取り出してその人に個別最適化したような学びの場をつくるということが、これだけニーズとして確認されてきているということなんですね。
 いわゆる大学で障害のある学生が増えているというこの状態というのは、通級指導の増加傾向ともやはりリンクする部分が非常に大きいと考えています。
 例えば、障害のある人はこっちの学校で学びましょうねという特別支援学校、ここから実は高等教育進学というのはかなり割合として少ないですね。従来、日本型のというか特別支援学校でやっていたことというのは、例えば視覚障害、聴覚障害となれば、いわゆる職業訓練的な要素というのも強くて、やはりこういう障害の人はこういうふうに職業訓練的なことを経て、そして自分のやりやすい仕事についていくということがルートとして設計されていることが多かったんですけれども、通常の学校で学び始める。もちろん、それは通常のクラスの中で全部を一緒にやるというのは難しくなりますので、個別最適化する形で、あなたはこの授業に関してはこっちでやったらもっと学習権が保障されますねということをこの通級指導などでは確保していくわけなんですが、こういったことの後押し、つまり初・中等教育の変化というものが、実は今の高等教育にも大きな変化を及ぼしているということなんです。
 次に御覧いただくのは、実は障害のある大学生の増加傾向を示したものになります。これは、日本学生支援機構というところで実態調査をしている。全高等教育機関が100%回答している調査なので、かなり信憑性が高いというふうに思ってもらったらいいかなと思いますが、私がこの会議の議長をしています。この十数年の中で、右肩上がりで日本の中で障害のある学生が増えているというのは、よくお分かりいただけると思います。イレギュラーなのは、2020年だけぽこっと数字が下がっているんですけれども、これはコロナの初年度で健康診断がままならないとか、大学自体が半年ぐらいは機能停止しておりましたので、そういったイレギュラーなところが反映されておりますけれども、それを踏まえたとしても、今の日本の中では右肩上がりで増えている。15〜6年遡ってみれば、数字の変遷としては10倍になっている。つまり、大学で学んでいる障害のある人は、15年前より10倍になっているというのが、今の日本の実態です。
 一方で、この最新の2023年度、5万8,000人というこの数字ですが、この数字は日本全国で学んでいる学生のうちの比率でいうとどれぐらいかというと、1.79%です。ちなみに、その前の年、2022年度の4万9,000人、これは1.53%です。つまり、こうやって増えてはきているんですけれども、日本の大学で障害のある学生ってどれぐらいいるのかというと、100人学生がいれば1人ないし2人いるかなというぐらいが、今の日本の実態だということなんですね。
 まずこういったことを経て、つまり教育、率直に言えば最終学歴が高卒なのか、大卒なのかというのは、一般論から考えて社会進出の幅、選択肢というのは変わってくるんですけれども、障害のある人がどこまで教育を受けているのかということの変化が、少なくとも日本の中ではこうやって起きている。そして、この学生たちというのは、数年間たてば、いわゆる障害のある人が地域生活を送るとか労働するという市場に入っていくわけですから、いわゆる地域社会の課題の中の1つである障害者雇用の問題とかそういったところとも直結してくるような数字の変遷になってきます。
 ただし、こうやって右肩上がりで増えているというところからも分かるとおり、実は日本はこれからもうちょっと増え続けるんじゃないかと予想されるわけですね。つまり、先ほどの1つ前のスライド、通級指導で初・中等教育が変化してきていますよというこの数字の変遷というのが、当然高等教育側にも流れてくるはずだというのが仮説として考えられると思います。これは実は、国際的にいうともう証明されているんですね。日本では最新では1.79%である障害のある学生の割合がアメリカ、イギリスであれば17%です。アメリカ全土で、学生と呼ばれる人のうちの17%が障害のある学生なんですね。
 これはどれぐらいのパーセンテージいれば正しいかということを言いたいのではなくて、障害のある人が学習権を保障され高等教育にも進学していくと、どういう形で地域社会に入っていくのかということが変化してくるよということの予兆でもあるということなんですね。こうやって逆算して考えていくと、教育というもの、初・中等教育でどういうことが行われるかというのは、実は初・中等教育のあるべき姿を問うだけではなくて、日本の社会がどうあるべきかというところの後押しになっていくということ、これはダイナミズムを証明しているということなんですね。
 なので、抽象的な話かもしれませんが、障害のある児童生徒が地域社会の中で、通常校の中で今後どんどん学んでいくことが必要だ、これは先ほど指導部長もおっしゃったとおりなんですけれども、これは、ただ単に児童生徒のその場の権利だけの話ではなくて、その人たちが地域社会でどんなふうに生活をして活躍をするのか、一緒に地域社会をどういうメンバーシップでつくっていくのかということの後押しになるという意味では、非常に大きなミッションだということが言えるということですね。
 何枚か参考のスライドですけれども、ちなみに高等教育なのでこうやって障害のある学生の所属している学生の分布を見ていくと、どうしても知的障害の割合というのは小さく見えてきます。今はいないかというとそうではなくて、最新の統計上は「その他」というところにくくられている部分にごく一部、知的障害の人は含まれてはいますけれども、こういったことは大学全入時代になっていることの後押しでもあるかなというふうに思っています。なので、原則的には割合は少ないので、見ていただいたとおり、視覚、聴覚、肢体不自由、そしてボリュームとして大きく見えるのは病弱・虚弱──これは行政的な言い方ですけれども、いわゆる内部疾患などですね。こういったものや、左側に目を移せば精神障害や発達障害、このあたりというのがボリュームとして非常に大きいということになります。
 とりわけやはり現場の実感として増えてきているのが、発達障害領域の人たちですね。これは、先ほどの通級とか特別支援学級というものの利用者というものと比例してくるかなというふうに思うんですが、大学でもかなり顕著に増えています。先ほどのブルーのスライドと見比べていただくと、増加傾向が似ているように見えてくるんですけれども、数字にちょっと着目してほしいんですが、障害のある学生の全体数としては15〜6年の中で10倍程度ですね。一方で、発達障害のみを切り取ってみると同じ年数の中で100倍になっています。100倍です。これが今の実情ですね。
 特に大学という場所は、担任制度とかそういうものがはっきりあるわけではありませんので、基本的には申告制になります。例えば初・中等教育の場合というのは、発達に特性のある児童生徒は何%いますという数字がよくありますが、あれは別に診断書でカウントしたりしないんですね。要は担任の先生がカウントしていたりします。なので、そういった意味ではやや抽象的な数字の拾い方をしているんですけれども、大学の場合は基本的にそういった拾い方はできないので、本人が、診断があってそれを申告しているというケースに限られます。ということは、もっともっと潜在的なニーズもあるということの裏づけでもあるということですね。
 要は、発達障害の診断が明確にあって、それを大学に伝えているというこの2つの条件がそろう人というのは、もしかしたら特性のある人の一部という言い方ができるかもしれません。つまり、もっともっと潜在的にそういうニーズというのがあるんじゃないかというのが、今の大学の実情だということですね。
 こういうふうな増加傾向があるというのは、冒頭で例えば京都大学でもそれだけ増えていますよということがあったのと同じですね。これが日本全国どのようなエリアでも、あるいは大学の大小というような規模に関係なく、同様の傾向が増えてきているということの裏づけでもあるかなと思います。
 また、発達障害、発達障害と言いますが、昨今ではASD[※自閉スペクトラム症]とかADHD[※注意欠如・多動症]とかいわゆる下位分類の名称で把握されるということが基本的に多いですね。一方で、日本の場合、今の高等教育の実態としては、見ていただいたとおり、発達障害のある学生と呼んだうちの大半はASDとADHDなんですね。これは実は同じ統計の10年前であれば、75%はASDでした。つまり、大人の発達障害とか発達障害のある学生といったときに多くの人がイメージするのは、ちょっとコミュニケーションの課題があるかなとか社会性に課題があるかなというような人たちをイメージしていたんですね。それが数年間の中で、ADHDの増加というのが増えてきた。こういうのも基本的に初・中等教育からの流れによって変化してきています。
 一方で、日本の高等教育では、このSLD[※限局性学習症]というところが著しく少ないですね。いわゆる学習障害です。一方で欧米の場合どうかというと、必ずしもこんなに小さな数字じゃないんですね。もちろん学習障害と言われると、そもそも勉強が難しいんじゃないか、じゃあ、大学に行くのは難しいんじゃないかというふうに思われることが多いんですが、確かに学習障害の中でも推論するとか推測するとか、あるいは計算をするとか、学習の本質そのものに苦手さがある人、これは確かに高校へ行ったり大学へ行ったりに難しいところがあるかもしれません。一方で、学習障害の中には読むとか書くというふうに学習のインプットやアウトプットの手法のところでつまずきがある児童生徒も、たくさん含まれているんですね。ただ、今の日本の実態としては、読むとか書くにつまずきがあると大学にはなかなか進みづらいというのが実態なんです。それってそうなんじゃないかと思われると思いますが、でも実は必ずしも欧米ではそうではないんですね。読み書きが困難な大学生は実はたくさんいます。アメリカやイギリスでも、発達障害の学生といったときの40%ぐらいは実は読み書きの障害なんですね。
 読み書きの障害のある人がどうやって大学に行くのか、実は答えは簡単です。インプット・アウトプットの代替措置を合理的配慮として行う。つまり、教科書に書いたものを読んで学ぶというだけのスタイルにこだわってしまうと、その人の学力というのは矮小化してしまう。でも、もしかしたら教科書に書いたものがデジタル化されて耳から聞くことで理解できるなら、それでも勉強できますよね。あるいは、紙にペンで書くという回答方法だけに固執してしまうと、紙にペンで書くという言語化するというところに苦手さがある人は、頭の中では分かっていても成績は下がります。つまり、日本では、賢い児童生徒と言われるためには、賢いことを考えているというのとそれを器用にアウトプットできているか、これがセットになっていないと「賢い子」にはならないということなんです。
 ただ、実は本当に賢いかどうか、分かっているかどうかという話とそれを器用に書くことができているかは別なんですね。こういったところの取組が欧米のように早くからインクルーシブ教育が始まっているところ、つまりインプット・アウトプットを多様化させている文脈の中では、この数字、大学で学んでいる学習障害のある学生というのも、全然違った割合になってきているということなんです。
 ここで、じゃあ、日本はこれからどうなのかというときに、もう実は既にGIGAスクール構想が動き始めていますよね。GIGAスクール構想というのは、生徒に1人1台端末を配付して学習教育の効果を高めていきましょうというような施策のわけですが、ここで説明しておきたいのは、このオレンジで囲ったところですね。ちょっと小さくて読みづらいと思いますので私のほうで読み上げようと思いますが、「障害のある児童生徒のための入出力支援装置の整備」、これが国の施策としてもう始まっているということなんです。
 障害のある人の入出力を支援する、これは何も発達障害に限ったことではなくて視覚障害とか肢体不自由、京都大学にもいますけれども、例えば可動域は首とか目だけとなると手で何か打つとかってできないですね。こういった身体ないしは思考や認知の偏りがある児童生徒に対して、既存のインプット・アウトプット以外の方法でもあなたが学べる方法があるんじゃないか、その後押しをするためにこのGIGAスクールで使っているような端末を利用してより多様な初・中等教育をつくっていきませんかということが始まっているということなんです。
 今日は冒頭でも御説明がありましたけれども、実は京都府の教育とかインクルーシブに関するような取組というのは非常に先進的で、非常に熱心に取り組まれてきているという実績があります。既に、ICT端末をどうやって初・中等教育でなじませていくのか、そのときにどういうスキルやノウハウが要るのかということも取り組まれておりますし、SSTを中心に地域全体の中で抜け目のないように、要は京都府のどの地域にいてもインクルーシブ教育というものがスタンダードに受けられるようにという取組は、既に地盤をつくってきてもらっている実態はあります。ここは本当に京都の一府民として非常に誇らしいところなんですけれども、逆に言うと、こういう掘り起こし、こうやって間口を広げているからこそニーズがどんどん分かるようになってきた。
 ニーズが分かってきたという言い方をどういうふうに捉えるかなんですけれども、社会から見れば課題が増えてきたように見えるかもしれませんが、本来、そこはアプローチしておかなければいけない課題なわけですよね。要は見えていなかったことが見えてくるようになってきているという実態なので、じゃあ、この見えてきている層に対して今、我々は何を考える必要があるのかということなんだと思っています。高等教育のほうでもどんどんこの人数が増えることが予想されています。欧米と比べて10分の1程度にしかいない障害のある学生というものが今後、増えていくというところに向けて、国レベルの施策もたくさん動いていますねということなんですね。
 今日はスライドには書いていませんけれども、実は内閣府の障害者基本計画の情報も小さくは載せています。障害者基本計画というのは、日本の中で障害分野に応じて何年単位で目標設定をするようなそういった計画になりますけれども、今は第5次の障害者基本計画の途中なんですね。実は残念ながら、第3次までは高等教育での支援というのはほとんど言及されていないです。率直に言えば、日本という国の中で内閣府という場所で、障害のある児童生徒が大学で学ぶ、そして社会に出ていくというこのダイナミズムを想像できていないということの表れなんですね。これがこうやってニーズが上がってきて、国際的にもいろんな条約が出来上がってきて、日本もこれではいけないぞということになり、第4次では言及がどんどん増えた。また、今進んでいる第5次の基本計画では、高等教育の分もどんと増えている。何度も言うとおり、高等教育は明日から急に行く場所ではなくて、初・中等教育、つまり基礎教育の課程が保障されていて初めてその選択肢が出てくるものだということなんですね。
 もちろん、これは誤解のないようにと思うのは、別に大学に行くことがいいことで大学に行けないことがそうではないということを言いたいわけではなくて、本来は大学に行ける能力があるにもかかわらず、例えば障害ゆえに学び切れなくて大学という選択肢を取れなくなるという状況があるんだとすると、それは社会として是正する必要があるだろうということの提案です。そして、高等教育を経た人たちというのは、そういった形で、ちょっとこれまでとは前提が違う形で社会進出をしていくということにもなっていくということで、何度も申し上げますが、初・中等教育の取組というものがいかに重要かということを再度申し上げます。
 さらに、高等教育の中でも課題が少ないわけではありません。つい最近でいうと、「第3次まとめ」と通称呼ばれる行政的な通知文書ですが、これが3月にリリースされたところです。ここでも、初・中等教育からの流れというものをどういうふうに高等教育に反映させていくのか、また、小さくて読みづらいですけれども、障害のある学生がどんなふうに社会進出を図っていくのかという就労の部分にまでもう話題が及んでいるということですね。こういった全体像というものが今、教育の中で起こっているということになります。
 基本的に大学の中に、まだまだ不十分なんですけれども、こういった支援部署が出来上がることも増えました。もし余裕があれば検索していただけると分かると思うんですけれども、京都府の大学はかなりこういった支援部署の設置率が高いですね。そういった意味でも誇らしいことかなというふうに思っていますが、実態としてはまだまだ課題が多いのも一つかなと思います。
 さて、ちょっと駆け足で説明してきましたが、もう少しリアリティーを持っていただくために、じゃあ、実際に高大の接続から大学というのはどうなっているのかというのを最後、補足で少し申し上げたいと思います。
 これはお配りしている資料ではなくて、私がウェブサイトを今、投影しているんですけれども、DRCと書いていますが、これは京都大学の支援部署の名称です。Disability Resource Centerの略称で、またもしお時間があれば御覧いただければと思いますけれども、合理的配慮を中心に様々なことを行っていますよということが記載されています。もちろん、就労系の取組をやっているような社会移行の部分もありますし、昨今でいえば障害のある学生の災害時対策の問題、ないしは学内の研修・啓発をするような研修会や勉強会みたいなものも多数実施しております。
 今日御説明するのは、高大の接続のところですね。端的に言えば、障害のある、中高生が大学という場所にどういうふうにアクセスをしてくるのか、つまり初・中等教育のインクルーシブ教育をどういうふうに引き取っていくのかといことのトランジションの取組なんですけれども、例えば一大学、京都大学としては、障害のある児童生徒の事前相談をいつでも受け付けています。もちろん集中する時期というのはありますけれども、年中、基本的には受け付けるということですね。
 実は、これからの1ヶ月、2ヶ月がピークになります。どういう時期かというと、共通テストで配慮申請をして、さらに二次試験で例えば京都大学を目指そうという障害のある児童生徒がそこにエントリーしてくる、願書を出してくるシーズンになりますので、これからがこの辺の話は一番忙しくなるんですが、例えば最近でも、障害のある高校生の受験が毎年のように増えていっています。去年でいうと、合理的配慮の申請は90ケースぐらいありましたかね。これも10年前に比べると倍増しております。
 これは、一大学としての取組がよくなったから増えたとかそういうものではないんですね。大学は、基本的に定点観測です。つまり、大学に来るまでの教育の保障を大学がするわけにはいかないんですよね。つまり、地域社会や教育が変わってきているからこそ、そうやっていろんな大学にアクセスする人が増えてきているということの表れでもあるかなというところでしょうか。
 この事前相談以外にも、例えばスケッチウイークといってちょうど夏のシーズンになるんですけれども、障害のある児童生徒が大学のキャンパスツアーに参加してみたいとか模擬授業に参加してみたいとかそういうときには、こういった機会を利用してやってきてもらうということをやっていますね。例えば遠方から来る方もいらっしゃいますので、それこそ車椅子で来るのは大変だみたいな高校生の場合は、今だったら遠隔で参加できます。例えば私たちが車椅子にタブレット端末をつけて、それでキャンパスをうろうろと一緒に回るんですね。遠隔地で高校生が、ちょっと図書館を見てみたいですと言えば我々が図書館まで車椅子を運転していって図書館の状況を見るとか、そういったことも取組としてはやっていますね。
 それ以外にも、先輩に聞きたいということで障害のある先輩に話を聞くような機会とか、あるいはセミナーを実施して保護者とか高校の先生向けにも情報発信をするような機会というのをつくっていったりするということがあります。
 こういうふうに、大学というのはなかなかこういう人たちがアクセスする場所ではないというようなイメージを一般的に持たれがちだったんですけれども、昨今はこうやって社会も変わってきていますということの一例ですね。
 ということで、駆け足で恐縮ですが、最後のまとめに一旦入っておきたいと思います。重要なのは、先ほども言ったとおり、インクルーシブ教育をどうするかというのはあくまでもパーツであるということですね。教育というのは別に支援機関でもなく、医療機関でもありません。あくまでも教育機関なんですね。要は、障害のあるという人たちに対してインクルーシブ教育が要る、合理的配慮が要るというふうに言われますけれども、それは合理的配慮そのものが目的なのではなくて、多くの人がどう学ぶかという学習権を保障するためにそういった条件が必要になるということを考えれば、支援対象、支援対象とよく言われるんですが、実は多くの児童生徒ないし学生というのは、ただの学びの主体者であり、我々大人からすると教育の受給者である、これにすぎないということですね。そこに対して、多くの人用にフォーマットがされた教育環境の中にあっては、その人たちの学習権が保障されない可能性が出てきます。そこに対して個別最適化していく。この個別最適化していくというときのメインになっていた手法が、これまでは特別支援学校だったんですが、それだけではなくて、特別支援学級ないしは通級指導、もしくは一般の通常のクラスの中での合理的配慮など、いろんな多角的な配慮のありようというものがやはり見つけていかなくてはならないものではないかなというふうに思っています。
 セルフアドボカシーというキーワードを書いていますが、これはあくまでも本人を主体的に、本人の権利を守っていくということのキーワードですね。なので、いかに大人が与え続けるのかではなくて、学ぶ環境を整備して、そこで大いに力を発揮してもらう。こういったことにチャレンジしていかなければいけないんじゃないかということです。
 この2つ目に書いてあるのも同じようなことの言い換えですね。私がよくこういう表現をするんですけれども、とある境遇がある児童生徒がいたときに、これまでは、どういう「待遇」を与えていくのかというのをひたすら考えていたんですね。どういういい支援があるのかみたいなことを大人が考えていたんですけれども、そうではなくて、つまり支援を与えるんじゃなくて、多くの児童生徒が有しているような様々な情報や機会や空間や時間、こういったものと出会っていってもらうための仕掛けが要るんだということで、私はよく「遭遇」という言葉を使っています。だから、「待遇」を考え過ぎないということですね。やはり、多くのことにチャレンジをして、時には失敗もあるかもしれませんが、それを安全な範囲の中で確保していくということが教育機関としても目指さなければいけない姿ではないかということだと思います。
 次が最後のスライドになります。ダイバーシティーインクルージョンとか多様性とかいろんな形で言われるようになりました。一方で、この言葉が象徴的に使われているということは、反面的に考えればそのような社会課題、地域課題が今でもあるからなんですね。つまり、課題がなければ、こういう言葉は出てこないという言い方ができると思います。一方で、これまでの教育や地域社会で何が起きていたのか、端的に言えば、障害のある人はこうやって学ぶべきだ、障害のある人はこうやって暮らすべきだ、こうやって働くべきだ。もしかしたら、それがセーフティーネットとして機能する部分も一方ではあったのかもしれませんが、逆に言えば、画一的な生き方を要請してきていたということをシビアに言えるかもしれませんね。そういったところに対して、どのように教育の機会や学びの機会というのを多様に確保するのかというのが、これからのテーマになるんだろうということです。
 さらに、このインクルーシブ教育の推進というのは、もちろん本人のためにということはありますけれども、一方では周囲の児童生徒、大人のために、そういった関係性も根強くあると思っています。また、そういった人たちが社会に出ていく幅が広がるということは、実は様々な意味での地域課題というものを解決する一途にもなるかもしれないということですね。
 なので、冒頭に申し上げたことを最後に申し上げますけれども、このインクルーシブ教育の問題、障害の問題というのは、その中学校とか小学校とか短期的なときの良し悪しというものを左右するだけではなくて、この社会が、京都府がどうあるべきかということの一つのきっかけになるような議論ではないかなと私自身は考えております。
 この後も限られた時間かもしれませんけれども、皆様との意見交換を通しながらこのあたりを一緒に考えていければと思っているところです。
 それでは、お時間となりましたのでここまでとさせていただきます。ありがとうございました。

◯山口勝委員長  どうもありがとうございました。では、お席にお戻りいただきまして、しばらくお待ち願います。
 本日の所管事項の調査におきましては、テーマについて参考人も交えて委員間の活発な意見交換の場となるよう運営してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。それでは、御意見、御見解等がございましたら、御発言願います。

 

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◯島田敬子委員  貴重な御提言、ありがとうございました。
 参考人のお話にありましたように、障害のある子どもの教育の改革には、単に特別支援教育の問題だけではなくて、通常の学校、教育条件の改革、とりわけ差別と排除なく学習参加の権利が保障されるインクルーシブな学校づくりと連動して、また単に学校づくりだけではなく地域づくりと一体でという、そのように展開される必要があるということは非常に感銘を受けて、賛同いたしました。
 目から鱗が落ちるところがたくさんで、京都大学でそんな相談機関があるということを知ったのですが、しかしこれはまだまだ多くの高校生や障害のある子どもたちや保護者たちには、情報としては広がっていないというふうに思うんです。それから、個別最適の学びの環境を保障するという点では予算も非常にかかるということで、課題がいろいろあるかと思います。
 初等中等教育における課題、ここのところも大事だということでは、今、どの支援学校、支援学級も過密化が進んでいて、なかなか困難な状況がある。慢性的な人手不足、そして支援学校の先生のなり手がいないというふうな、現実的にリアルな課題があると思うんですね。そのあたりの教育条件を整備する。とりわけ高等教育については、義務教育ではないので、支援コーディネーターを置くにもなかなか財政措置も厳しいものがあるし、そうしたあたりも含めまして、先生の改革の提言を実行するにふさわしい財政も確保しなければいけないのかなというふうに思います。そうしたあたりで、支援学級、支援学校にも関わりがおありですので、課題について再度お伺いしたいと思います。

◯村田淳 参考人  ありがとうございます。
 高等教育機関というのは、国公私立問わず基本的には今、法人化されておりますので、それぞれがきちっと責任を持ってやっていく、これは昨今でいえば障害者差別解消法の趣旨に沿ってということが前提になります。もちろん、先立つものは必要ではありますけれども、今までなかった課題が出てきて、オプションのようにやらなくてはいけないことが増えたというよりは、本来これまでやらなくてはいけなかったことができていなかったというところを反省的に我々は認識しなければいけないと思っているんですね。
 要は、ニーズが顕在化してきたのでアプローチしましょうというのが現状なんですが、じゃあ、ニーズがなかったのかというとそこに目を向け切れていなかったというのが今の状況なので、そこはやはりきちっと考え方としては整理してスタートする必要があるだろうと思っています。つまり、必要なコストはプラスアルファで生じているんではなくて、本来かけるべきコストだったものに再度、適正なコストをかけていくということにすぎないということかと思っています。
 一方で、大学ないし働くという場所で障害のある人たちの暮らしを多様化させていくというところ、これからもニーズは増えるんだと思っていますが、ニーズが増えるということイコール、あえてこの言い方をしますけれどもコストがひたすらかかり続けるかというと、必ずしもイコールではないというふうに思っています。ただ、それを達成するには、初・中等教育は非常に重要なんですね。
 つまり、例えば初・中等教育でのかかわりが、例えば全てにおいてお膳立てをしているとか先回りをしているとか、本人たちが困らないことを最優先してやっていくと、彼らの学び、あるいは働くということを周囲の人が常にコストをかけてお膳立てをするというやり方になっていきますよね。実は目指すべきことというのは、たくさん環境調整をして選択肢を増やして、本人たちが主体的に選び取って能力を発揮していく。こういうサイクルというものが小さい頃からできていくと、要は大学や社会で働く、学ぶとなったときに、必ずしも誰かにいつもお世話してもらうとかではなくて、自分はこういう条件が整えば十分やっていけるんだというふうにもなっていくんじゃないかなというふうに期待をしているんですね。なので、人数が増えるとコストがひたすらかかり続けるかということに関しては冷静になる必要がある。
 一方では、この課題を解決するときに目を向けないといけないのは、教育の課題と見るか、地域課題と見るかという、視点の広げ方なんですね。要は、教育課題というふうに見てしまうと、じゃあ、行政とか教育のこれまでのコストの中でこうやって増えてきているニーズに対してどうするんだという話になるんですけれども、実はこの課題は本人たち、つまり一市民になっていく人たちの生き方をサポートするというふうに考えれば、確かに断片的に短期的にかかっているコストの分布は教育なんですけれども、実はそこにきちっと予算をかけていくことによっておいおい必要になってくるセーフティーネットとしての予算であるとか、障害のある人たちに何らかの形でコストをかけていくというところによいイメージ、よい影響というものを、少なくともコストという意味では与える可能性も十分あるだろうと思っています。
 非常に率直な言い方になるんですけれども、こういう話は障害者雇用のありようというものが多様化していくということの後押しになるわけですけれども、これまでの障害者雇用のありようであれば、やはり待遇的にも難しい。つまり、働いてはいるけれども、障害年金の対象にもなっているというようなことがよく起きるんですね。当然、税制的にもそこはアファーマティブ・アクションが生じている。一方で、この人たちがいわば納税者になっていくという構造をこの教育のありようによってつくり出していくという、このダイナミズムが生まれる可能性があるということですね。
 だから、よりよい教育、確かにそこは一時的にはコストはかかるでしょう。ただ、それが高等教育、そしてその人たちがその学びを経て社会に出ていくという構造になったときに、実はこの人たちは障害年金の対象ではないとか、セーフティーネットの対象というよりむしろ納税者に変わっていくとか、こういうことも一方では起きるということかと思います。
 なので、この話は一個人の権利保障をしなければいけない、基本的人権を守るというのはこの国の一番の根幹のルールですから、それは当然のことです。一方で、もう1つの軸としては、やはりこの国や地域社会をつくっていくメンバーシップの一人として、障害の有無にかかわらず教育というプロセスを経て社会に出ていくというこのルートをもう一度大人が確保していく、この話の一番基礎になるのが今日の話なのかなというふうに思っております。

◯島田敬子委員  ありがとうございます。
 展望を持って取組を進めなければいけないと思うんですが、なかなか現状は厳しい。皆さんがそこまで、途中で挫折して諦めるという人のほうがまだまだ多い状況なのかなと思っておりますので、一つ一つの課題は解決しながら、今日のようなお話も含めましてもっと社会のみんなの理解を広げていく必要があるのかなというふうに思っております。今日はありがとうございました。