令和3年2月定例会 新産業創造特別委員会―2021年3月18日〜島田敬子府議の質疑応答部分

所管事項の調査

下記のテーマについて、理事者及び参考人から説明を聴取した後、質疑及び意見交換が行われた。
 ・ベンチャー企業の支援によるイノベーションの推進と新産業創出

◯家元委員長  まず、所管事項の調査についてであります。
 本日のテーマは「ベンチャー企業の支援によるイノベーションの推進と新産業創出」としています。参考人として、京都大学名誉教授、産官学連携本部特任教授の山口栄一様に御出席をいただいておりますので、御紹介申し上げます。
 山口様、本日は、大変お忙しい中にもかかわりませず、本委員会のために快く参考人をお引き受けいただき、誠にありがとうございます。
 山口様におかれましては、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程を修了された後、国内外の研究機関において物理学の研究に従事されていました。フランス在住時に、世界のイノベーションモデルに日本がついていけなくなっているのではということで、帰国後は日本のイノベーションを妨げる社会的要因の研究を始められるとともに、日本がトップを走る技術に基づいて、健康、物理学、化学、医学といった分野でベンチャー企業をつくられています。
 平成26年4月からは、京都大学大学院総合生存学館教授に就任され、科学とイノベーションをつなぎ、日本の未来ビジョンをデザインできるイノベーション・ソムリエの育成にも取り組まれ、令和2年4月からは、現職の京都大学名誉教授、産官学連携本部特任教授に就任されています。
 また、「イノベーションはなぜ途絶えたか」「イノベーション政策の科学」など多数の著書を上梓されるとともに、各地で精力的に講演をされるなど、幅広く御活躍されているとお伺いしております。
 本日は、そういった日頃の御活動を踏まえたお話をお聞かせいただければというふうに思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、初めに、理事者からテーマに係る説明を聴取いたします。説明は、簡潔明瞭にお願いいたします。

◯西村商工労働観光部副部長(産業イノベーション担当)  それでは、説明させていただきます。京都府におきましては、これまでから、京都が世界に誇るiPS細胞を活用した医療関連産業ですとか、京都発の次世代パワー半導体によるエネルギー関連産業、京都の精緻な物づくり企業を生かした試作産業、京都のソフトパワーともいえるゲームや映画などのコンテンツ産業など、様々な角度から新産業創出に努めてまいりました。
 さらに、お手元の資料、「ベンチャー企業の支援によるイノベーションの推進と新産業創出」にありますように、世界に伍するスタートアップ・エコシステムの構築に向けまして、昨年7月に国のグローバル拠点都市に京阪神が選定された利点も生かし、創業から成長発展までのステージに応じた支援の展開によるスタートアップ企業の創出を通じて、イノベーションの推進等に資する取組を強化しているところでございます。
 具体的には、まず1の(1)にあります「起業するなら京都・プロジェクト」といたしまして、学生など起業を目指す個人やスタートアップ企業等を公募いたしまして、集中的に事業アイデアをブラッシュアップする「京のヘルスケア・インキュベーションプログラム」を実施したほか、経験豊富な京都の経営者やエンジェル投資家等によるエンジェルコミュニティを形成いたしまして、スタートアップ企業にとっても有益な人脈づくりやシード資金調達のきっかけづくりにもつながる交流促進の仕組みづくりを進めているところでございます。
 また、難病の治療などに貢献できる一方で、多額の研究開発資金を要する医療関連産業の支援を目的といたしまして、iPS細胞による再生医療等の技術開発を応援するクラウドファンディングも実施いたしました。
 さらに、初期からグローバル展開を想定するスタートアップ企業や、国を超えてアライアンスを組み事業を進めている場合に、特許など各国の関連法規の違いを踏まえた知材戦略が必要であるため、専門家が相談対応を行うサポートデスクを設置したほか、国際的な社会課題をテーマにハッカソンも開催しまして、世界40か国以上から参画を得たところでございます。
 次に、(2)の「その他のベンチャー企業等支援・イノベーション推進事業例」でありますが、京都大学内に京都府京大オフィスを設置いたしまして、大学発ベンチャーの発掘と支援や、企業とのマッチングによる事業化の推進を図っているところでございます。
 また、ベンチャー企業のステークホルダー確保に必要となる取組を支援する次世代地域産業推進事業補助金や、京都発スター創生事業というピッチ会の開催も継続しているところでございます。
 その他、インキュベーション施設の運営や特区制度を活用した規制緩和など、多様な施策展開を図ってまいりました。
 こうした取組の結果、2の「新たな技術を活用した産業・ビジネス化事例」に記載しておりますとおり、今年度におきましては、32社のスタートアップ企業が新たに設立されております。
 そのほかにも、世界で唯一のiPS細胞によるコロナウイルス感染症(COVID-19)等の研究用細胞の供給など、記載の事業化事例が生まれております。
 今後につきましては、今年度の新型コロナウイルス感染症対策危機克服会議におきまして、デジタルトランスフォーメーションの推進やスタートアップ企業支援の重要性の議論等を踏まえまして、けいはんなオープンイノベーションセンターにおける総合実証実験環境の整備や、けいはんなプラザにおけるスタートアップ向けのインキュベーションルームの運用を開始するなど、様々な施策展開を予定しているところでございます。
 以上が、本府における取組状況でございます。

◯山口参考人  皆さん、こんにちは。京都大学の山口栄一と申します。「ベンチャー企業の支援によるイノベーションの推進と新産業創出」というタイトルで30分トークをさせていただきます。
 なお、今日お話しすることはこれらの本に書いてありますので、参考にしていただければと思います。特にこの本[※『イノベーションはなぜ途絶えたか――科学立国日本の危機』ちくま新書]が、新書で一番読みやすい、800円ぐらいのものです。
 皆さん、もう薄々感じておられるように、今、日本は亡国の兆しを超えて、亡国の危機にあります。恐らくこのコロナ禍が終わった後に、それは非常に明らかな形でやってくると思います。日本は、これから、言わば坂を転げ落ちるような時代がやってくると思います。私は1998年にそれを実感しましたので、それ以来ずっと警告の本を書いてきたんですけれども、ここに書いてある予言のとおり、特に一番左側の方の結果になってしまって、本当に残念です。ちょっと幾つかエビデンスベースでお話ししたいと思います。
 これは世界各国からの科学アクティビティを示すのが一番簡単で、学術論文数を見ればいいんですね。これは、縦軸が学術論文数で横軸が歴年です。これから分かりますように、アメリカというのは非常に順調に線形に数を伸ばしているんですね。御質問があればなぜかということをお話ししますが、中国は極めて非線形に伸ばしていまして、2018年の2月にアメリカを抜きました。今はもうぶっちぎりです。もうぶっちぎりで、中国は今世界一の科学大国といって過言ではないです。質が悪いんじゃないかと思うかもしれませんけれども、質も大変いい。日本の5倍の質があります。
 問題はこの日本なので、少し日本を拡大してみたいと思います。それがこの図です。この図から分かりますように、日本だけが2004年から2010年にかけて学術論文数を減らしています。この減少の原因は何なのか。国立大学においては、2004年の国立大学法人化以来の国立大学への運営費交付金が12%削られちゃった。そのような時期と一致していますし、また、任期付が激増して研究者が日雇化したとかということもあるんですけれども、もっと深刻で構造的な問題があります。
 それを明らかにするために、ちょっと次の図をお見せします。これは、その原因を明らかにするために分野別に学術論文数の経年変化を調べたものです。この図から分かりますように、日本は物理学の論文数が圧倒的に多いんですね。世界の物理学大国でした。やっぱりノーベル賞の数も物理学が多いですから。次に材料科学。これも物理学みたいなものです。それから、生化学・分子生物学がありますが、全部2004年を契機に減らしています。なぜなのか。この原因を調べてみたいと思います。
 この物理学だけ残しますね。この2004年から急激に減少しているこのカーブに大変似たカーブはないかなと思っていろいろ調べてみると、これが1番似ています。これですね。これは博士の数なんですよ。博士後期課程の学生数です。これはもう一目瞭然で、博士後期課程が博士を取った後、プロの研究者になりますから、要するに人が減っているんですね。何で若者たちが博士に行かなくなったのか。これは明らかですね。博士なんか行っちゃうとワーキングプアになっちゃうからです。
 具体的には、これと非常に一致します。この緑は日本の大企業10社からの物理学の論文数をプロットしたもので、完全に一致していますね。1996年ぐらいから突然日本の企業は研究をしなくなりました。研究から撤退したんですね。だから、日本の企業は、もう研究なんかをやっていると、これはコストだから、シェアホルダーバリュー経営の中でそんなことをやっていたら株主に対する説明責任が果たせないというので、研究から撤退するわけです。そうすると、若者たちは機を見るに敏ですから、これはどうも俺たちの将来はないぞ。博士なんかに行ってしまったらもう完全に就職口がなくなるということに気がついて、もう博士には行かない。修士で就職して、もう別の道を探すということになったわけです。1996年を契機に、日本の大企業が研究、特に基礎研究から撤退した、この現象を「中央研究所の時代の終焉」と呼びます。それで、この7年後に、言わば科学とイノベーションの同時危機が起きた。これが日本の現状です。いまだに日本はイノベーション、新しいイノベーション生態系をつくれずに、言わば漂流しているといっていいと思います。
 今から、釈迦に説法なんですけれども、私たちは社会課題を解決するためにいろいろ研究をしたり、開発をしたり、それから様々な社会事業をやっているわけですけれども、課題を解決する方法とは何だろうかということをちょっと考えていきたいと思うんですよ。
 一番の方法は、演繹ですね。AならばB、BならばC、よってAならばC、こういうやり方です。人間は皆死ぬ。ソクラテスは人間である。よって、ソクラテスは死ぬ、みたいな。これは必ず正しいですね。あるいは、背理法というのは高校時代に習ったと思います。√2が無理数であることの証明は、√2を有理数だと仮定する。そうすると、世界に矛盾が生じる。だから、世界に矛盾が生じちゃ困っちゃうので、最初の仮定が間違っている。これは背理法と呼ばれる方法で、演繹の一つです。いいですね。これは前提が正しければ結論は必ず正しいんです。しかしながら、ということは、要するに情報量は増えないんですよね。だから、発見はないんです。だから、演繹から発見は生まれません。
 さて、課題を解決する第2の方法は、帰納ですね。演繹と帰納の帰納です。A1ならばSである。A2ならばSである。よって、多分、多分がつきます、全てAならばSである。というやり方です。例えば、人であるプラトンは死んだ。人であるソクラテスは死んだ。よって、人は皆死ぬ。こういうことが代表例です。もう少し広く、こういうのもあります。AならばSである。BはAに似ている。よって、多分BならばSである。類比と呼ばれます。アナロジーというやつですね。これも実は帰納の1パターンです。具体的には、例えばこれは最近有名な、新型コロナ感染の死亡率は国ごとに極端な差がある。BCG接種を義務化している国の分布はこの差に似ている。よって、BCG接種は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への免疫をもたらすのではないか。これは科学的証拠は全くない。全くないけれども、類比としてこういうことも考えてもいいよねという言い方ですね。まだ結論は分かりません。この帰納は、個別事実の一般化、すなわち演繹の逆プロセスですから、正しいという保証はありません。だからこそ、正しいという保証がないから、これは発見があるんですよ。情報量が増えるんですね。
 それで、私たちは学校教育の中で課題解決の方法というのは演繹と帰納の2つがあると中学校から恐らく大学ぐらいまでずっと習ってきました。実はこれは真っ赤な間違いでありまして、第3番目の方法があるんですよ。この第3番目の方法が一番大事なんですね。それは、初めて皆さんお聞きすると思いますけれども、これをabduction(アブダクション)といいます。アブダクションという英語だと嫌なので、しかもアブダクションとは拉致誘拐と同じ意味ですからちょっと嫌なので、私は訳語をつくりました。創発と訳しました。創造の誘発ですね。定義がありまして、驚くべき事実Sが観測された。ひらめいて、ある仮説Pが正しいとすると、このSは当然になる。よって、この仮説Pが正しいと考えてもいいよね。というやり方ですね。このSからPを導く推論の仕方をアブダクションといいまして、このPは演繹的にも帰納的にも導けずに、ひらめきが要ります。そして、正しいという保証はありません。情報量は増えます。
 この第3の解決法を提唱したアメリカの哲学者、チャールズ・パースは結構厳しいことを言うんですよ。
「帰納は何ら新しい観念を生み出すことはできない。同様に、演繹にもできない。科学の諸観念は全て創発、アブダクションによってもたさられる」
と言うのですね。ということは、科学から様々な新技術が生まれます。その新技術から多くのイノベーションが生まれます。したがって、イノベーションもまた、このひらめき、創発がなくちゃ駄目なんですよね。演繹だけの物の考え方をしていても、イノベーションは生まれないわけです。それで、そのことを勘違いして、みんな研究所を閉鎖しちゃったというのが、日本の企業の現状です。
 ちょっとこれはまた、そもそも論をしたいと思うんですよ。科学とは何か、研究とは何かということですね。研究とは何かというと、要するに知の創造のことです。それで、開発とは何かというと、これは知の創造ではなくて、価値の創造ですね。価値の創造です。社会価値を創造すること、経済価値を創造することです。科学は研究にしかまたがっていませんけれども、技術は両方にまたがっています。だから、こういう図を描いておくと一番分かりやすいです。
 ここで分かりますのは、科学の開発だけ、ないんですね。科学というのは知の創造で、開発は価値の創造なので、役割分担をしている。科学と技術という営みは違うし、研究と開発という営みは違います。まず、科学の研究、人間はまだ見ぬものを見るということをする。これで、次に、ないものをあらしめるという技術の研究をする。それから、技術の開発、価値を創る。こういうプロセスでイノベーションは起こるんだなということをちょっと思い描いておいてください。それで、研究というのは、さっき言いましたように、パースが言うように、これは創発のことです。つまり、この創発がない限り、イノベーションは生まれないわけです。
 さて、それで、イノベーション・ダイヤグラムという私が発明した概念を御説明したいと思います。研究と開発というのは人間の全く異なる知的営みですから、知の創造と価値の創造と直交軸で書いております。「イノベーション・ダイヤグラム」と呼ぶことにします。私たちはイノベーションを推し進めようとするとき、まずこの既存の技術から出発しようとします。日本は特にそうでした。やっぱり追いつけ追い越せで、まず欧米にあった既存技術をまねることから出発します。それで、会社としては価値を創らなきゃいけませんから、したがって、上に行くわけですよね。こういう操作は、これは演繹的です。AならばB、BならばCとやっていきます。だから、演繹的に生まれた技術のことをパラダイム持続型技術と呼んでおきましょう。パラダイムというのは、科学原理のことです。ここの科学原理と同じものを上に創る。改良して創る。そういう考え方です。日本はこうやって生きてきたわけです。
 しかしながら、これは残念ながら、行き詰まるんですよね。行き詰まったらどうするかなんですけれども、こんなふうに一旦行き詰まったら、もう1回本質に下りるわけです。本質に下りて、これは「土壌」と書いておきますけれども、土壌の中は真っ暗です。もぐらが生きている世界です。モグラのように地面を掘っていって、そして、新しい科学原理を見つける。パラダイムを見つける。ここから息をするという考え方ですね。
 というわけで、さらに重要なことがあって、ここに共鳴場という点をつけておくんですけれども、人生のゴールはいろんなゴールがあって、その多様性こそが大事で、モグラみたいに地面をずっと掘っていたい私みたいな人がいるんですよ。一方、やっぱり社会価値を創りたいよね。価値を創らなきゃ。この白いところが空気ですね。だから、マーケット、あるいは社会から見える世界です。そこに行かなきゃいけないよねという人たちがいて、この2つはわりと喧嘩をしがちなんですけれども、喧嘩かをしないで、「いや、おまえの気持ちはよく分かるよ」と。「共鳴的に何かこのビジョンを成し遂げようじゃないか」という感覚が大事で、これが会社です。会社とはそういうものでなくちゃいけない。
 さて、それで、中央研究所の時代の終焉というのは、この表面から下を切り捨てちゃったんですね。その結果、大企業では土壌が失われて、パラダイム破壊型イノベーション、こういうイノベーションのことを「パラダイム破壊型」と呼びましょう。ここからここに直接行けないんです。必ず地面を経ないと行けないんですよ。それが研究が要るということなんですよね。結果、大企業では土壌が失われて、パラダイム破壊型イノベーションが起きなくなってしまって、共鳴場もなくなった。言わば、贅肉を落とそうとして脳みそを切っちゃった。私は2010年代にはイノベーションと科学の同時危機がやってくるに違いないということを、2006年に出版した一番左側の本[※『イノベーション 破壊と共鳴』]で予言したんですけれども、今まさに国はそのことに気がついたようです。
 それで、これは時間が足りないので省略して、1つ、青色LEDというのを取り上げてみたいと思うんですよ。ノーベル賞受賞者は3人までなんですけれども、2014年に3人とも日本人という快挙が生まれましたね。何でノーベル物理学賞に値するんだろうとみんな不思議がったかもしれません。これは実は大いなるパラダイム破壊が行われたんです。ちょっと御紹介します。
 これから分かるように、もともとLEDとは半導体レーザーのことなんですけれども、レーザーダイオードの略です。赤と赤外は既にありました。これは全部日本人の発明です。青をつくりたいとみんな世界中が思ったんです。青はエネルギーが高いので、青ができれば照明ができますから、それでみんな青をつくりたいと思いました。これは、すいません、化学記号です。Znは亜鉛で、Seはセレンです。セレン化亜鉛という物質に世界中の1万人ぐらいの研究者、技術者たちが挑戦しました。みんな失敗しました。これは何でこれに挑戦したかというと、セレン化亜鉛は簡単に結晶成長ができるんですね。下地にガリウムヒ素という物質があって、その上に、原子間距離が同じで、こういうのを格子整合系といいますけれども、できるわけです。それで、全員これに注力しました。赤崎さん[赤﨑勇:『明るい・省エネルギーの白色光を可能にした、青色発光ダイオードの発明』で2014年度ノーベル物理学賞を受賞]という方がいらっしゃって、赤崎さんは、これはむしろパラダイム破壊をしたいということを彼のモチベーションにした。皆さん、サファイアは多分お持ちだと思います。腕につけています腕時計の上のガラスがサファイアガラスで、あれは酸化アルミニウムです。酸化アルミニウムを使って、この上に、結晶成長、Gaはガリウムで、Nは窒素で、窒化ガリウムをつける。こういうのに取り組んだんですね。20年間、全くできません。20年後に彼の一番弟子の天野さん[※天野浩・名古屋大教授:2014年度ノーベル物理学賞を受賞]が成し遂げた。それから、実はこれは青を出したいときには、インジウム、窒化インジウムガリウムという物質が必要で、インジウムをちょびっと入れなきゃいけないんです。これが水と油なんですよね。これはもうさすがの天野さんでもできなくて、これをNTT基礎研究所の松岡さんという人が成し遂げます。というわけで、全部この横軸のパラダイム破壊が、日本で成し遂げられたんですよ。その後、皆さん御存じの中村さん[※中村修二・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授:赤﨑勇・天野浩とともに2014年度ノーベル物理学賞を受賞]がやってきます。中村さんが次々にこういうふうにキャッチアップをしていきます。だから、中村さんは何かある科学的発見をしたわけではないわけです。世界でいち早く、インジウムガリウムナイトライド、窒化インジウムガリウムで青色LEDをつくった。これを日亜化学というベンチャー企業が事業化をして、白色LEDをつくって、それで携帯電話のバックライトに使われて、世界的に爆発的に売れるということになります。だから、世界を変えました。
 というふうにして、これはまさにこういうふうに、ここからパラダイムを守りながらここに行けないんですよ。やっぱり一旦地面の下に下りてという、この研究が要るんですね。これはもう今や企業が全部基礎研究をやめちゃいましたので、日本全体のイノベーション生態系が決定的に損なわれるという事態になってしまいました。もう本当に、沈みゆく日本船、日本という状況の危機にほかなりません。
 さて、それでちょっと話題を変えます。どうすればこの危機から脱出できるかということを、これも学術的に考えてみたいと思います。この図は初めて見る図だと思いますけれども、皆さん方が修めた学問がどこかにあるかもしれません。私は学問間をどうやって束ねていくかということを考えてみよう。どうやって共鳴場をつくっていけば会社がつくれるんだろうか。つまり、サイエンス型ベンチャー企業がつくれるかということを考えるために、この図をつくりました。これは39個の学問をグーグルで選び出します。39個の学問の距離を測るんですね。距離の測り方は、例えば数学と哲学の距離の測り方だったら、数学と哲学という言葉を同時に論じている論文の数を調べるわけです。その同時に論じている論文の数が多ければ多いほど、距離が近い。ゼロになる。そういうことですね。そういうやり方で測ったものです。2次元に落としました。これをよく見ると、いろいろ面白いことに気がつきます。真ん中にこんな十角形が、星座が目に浮かびますね。何か人間はそういう性質を持っていますね。数学、物理学、情報学、化学、それから生命科学というのは、これはみんな理系で、かつ、いわゆるコア学問ですね。それから、こっち側に渡りまして、心理学、哲学、経済学、法学、これはいわゆる学部になっているような立派な学問、文系の学問です。コンピューターは文系、理系か知らないんですけれども、つくってみると、文系がこっち側に第1象限、理系が第2象限になりました。この周りに、こういうふうにクラスターが発生しているわけです。こうやってできているわけです。人文社会科学クラスター、それから経営学クラスター、地学クラスター、工学クラスター、そして医学クラスターですね。これから、学問の勉強の仕方というか、学問の結びつけ方が分かりますね。つまり、このコア学問をぐるぐる回るように、あるいは、コア学問の人たちだけで手をつないでやれば、新しい価値を創造できるということです。
 せっかくこれをつくったのでちょっと応用しようと思いまして、今からSBIRの話をしたいと思うんですよ。Small Business Inovation Reseach Program の略です。皆さん、御存じだと思います。これは1982年にアメリカが発明しました。これは連邦政府の外部委託研究予算の3.2%を、これは巨額ですよ、2,000億円から3,000億円を、このSBIR制度に各省庁が義務的に拠出しなさいという制度です。拠出されて出来上がったSBIR予算は何に使うかというと、ベンチャー企業をインキュベートするために使いなさい。インキュベートの仕方はプロトコルがありまして、フェーズ1、2、3というステージゲート方式でやりなさい。フェーズ1は、手を挙げて合格すると何と1,000万円くれるんですよ。政府がある開発課題を与えるんですね。与えて、それに手を挙げてきた若者たちに1,000万円をあげます。半年やらせて、これはなかなか筋がいいぞとなるとフェーズ2に行かせて、フェーズ2では1億円をくれます。1億円で死の谷を越えまして、そうしたらフェーズ3に行かせて、今度はもう補助金はあげずに、ベンチャーキャピタルを紹介するか、それともそこで出てきた製品を政府が強制調達する。そういうやり方で、結構強引な産業政策ですね。アメリカとも思えないような政策です。
 日本は、このSBIR制度は何かどうもうまくいっているらしいぜという噂を聞きつけまして、経済産業省が日本版SBIRというのを1999年に始めました。ところが、この上の仕組みには、思想があるんですよ。哲学があるんです。これは、要するに大学院生とかポスドクとか若い無名の科学者たちをベンチャー起業家にしようと、アントレプレナーにしようという思想があるわけです。だから、知を価値に変えたいという、さっきの知の創造者たちを価値の創造者たちに変えたいという思想的影響があるんですよね。ところが、日本版はそんな思想が全くない。上から目線の単なる中小企業の支援政策です。だから、全くワークしません。上は、何と、アメリカのSBIRは延べ6万社が生まれました。重複を除くと4万社です。日本の場合はベンチャー起業家が生まれたという話を聞いたことはないです。
 それで、さっきのプラットホームをつくりましたので、ちょっとプラットホームで分析をしてみようと思って、これはアメリカのSBIRをもらった人たち、要するに無名の若者たちがどんな博士号を持っているかというのを調べてみました。1年がかりでウェブから1個1個履歴書を見つけ出すと、1番のマジョリティー枠は化学ですね。日本でいうと理学部ですね。理学部、化学の人たちが11%。2番目が物理学、10%ですけれども、よく見ると生命化学6%、それから生物学6%と分けていますけれども、一緒にすると12%です。ということは、これから分かることは、SBIR政策を通じて大学で生まれた最先端の知識を体系的にイノベーションに転じていこうという、アメリカ連邦政府の戦略的意図があったということがよく分かります。しかも何をインキュベートしたいかというと、これですね、生命科学、生物学ですね。つまり、バイオベンチャー企業をつくりたいと、彼らは、連邦政府は思ったんですね。実際、それをプロットしています。これですね、40,000人いると先ほど申しましたけれども、40,000人の中のハイパフォーマーを、ちょっと半端ですけれども5,639人とりまして、これは1個1個は人です。1個1個の点が人で、このSBIRをもらった人というか、その企業の代表者はどんな分野なのかということを調べた、いわゆるビッグデータ解析をしたものです。
 そうすると、これから分かりますように、これは何とこの辺に大体雲があるといいましょうか、やっぱり生命科学の周りに大多数がいて、それからここに、ワーッと局在しているんじゃなくて、何となく2番目の足をここに持っている。だから、この辺にフワッと雲がある。そういう状況ですね。つまり、これが言いたいことは、第1にイノベーターになる道を選び取った科学者たち、サイエンティストたちは、コア学問において回遊性が高いということです。だから、生命科学と物理学、あるいは生命科学と数学、こういうのを両方勉強している。それから、第2に、米国連邦政府は大学で生まれた最先端の知の中でも特に生命科学を重視して新しいバイオ産業を創ろうとしたということです。実際に1990年代というのはアメリカの復活の年です。復活した結果できたのが、主としてバイオベンチャー企業です。もちろんITベンチャーもいますけれども、バイオベンチャーのほうが圧倒的に多いです。
 それで、どんなふうにインキュベートされたんだろうということを調べてみました。アメリカの医薬品産業はどのように育ったのかということですね。この図は非常にちょっと劇的な図なんですけれども、驚くべきで、これはSBIRを連邦政府が出すわけですけれども、そのうちの特にHHS(アメリカ合衆国保健福祉省)が出す分だけに限って統計を取りました。HHSというのは、Health And Human Services の略です。つまり、NIH(アメリカ国立衛生研究所)です。NIHがファンディングしたファンド額がこの青で書いてあります。縦軸は対数目盛りで書いてあるので、こういうふうに寝ているように見えますけれども、線形です。それで、これがSBIRでどれだけ若者たちにベンチャー企業を創りなよと言って応援したかの累積の額です。一方、この紫のラインは、紫は今度はもらった側、SBIRで育ったベンチャー企業が国富に返した額、つまり、付加価値額ですね。付加価値額をずっと積み上げていったものです。ここで、例えばここからここにジャンプがありますよね。これはある会社がM&Aされていて、それはちゃんと確かめました。そうやってやると、これから分かりますのは、この紫を青で割ると、つまり、BをAで割ってやると、SBIRを出した結果、どんな世界が生まれたのかというのが分かりますよね。B割るAというのをSBIR増倍率と呼ぶことにしましょう。これをプロットしたのが赤です。グラフの目盛りはこっちです。そうしますと、これを測定した2012年、最終年度で4,500%超えているんですよ。つまり、国税を1あげて国富に45倍以上になって返ってきたということですね。そういうことが分かりました。
 幾つか成功例をお見せします。成功例の中で、これは特に2番目の Gilead Sciences[※ギリアド・サイエンシズ:カリフォルニア州に本拠を置くバイオ製薬企業]というのを見てください。Gilead Sciences というのは、バイオベンチャーで、Dr.M.Riordanという人が29歳のときに創った会社で、Dr.P.Dervanとか3人のメンターがついて、4人で会社を興しました。彼らの目標は、何とウイルスと闘う。ウイルスをやっつける薬をつくるということです。この頃、1980年代後半は、人間には、とてもウイルスをやっつけられないというのが常識でした。その常識に挑戦しようというわけですね。要するに、パラダイム破壊をしようということを最初にビジョンとして掲げるんですよ。10年以上基礎研究をしまして、最終的に生み出したのがタミフルです。だから、インフルエンザがやっつけられる。それから、次に見つけたのが抗C型肝炎ウイルス薬です。だから、C型肝炎が突然治るようになりましたよね。2010年代の前半です。そして、最近つくったのがレムデシビルで、新型コロナ(COVID-19)の特効薬ですね。これのおかげでトランプ大統領は治っちゃいました。というわけで、こういう言わばパラダイム破壊が容易に起きるような、そういう社会ができたわけです。だから、言ってみれば、アメリカはたぶん大企業ではもう研究できなくなったので、その代わりをつくろう。代わりは、要するにベンチャー企業の有機的なネットワークによってできるアメリカ合衆国中央研究所モデルとでもいいましょうか。このSBIRというのはそういうことなんですね。
 次の図はちょっと省略をして、まとめです。
 日本は1990年代後半に起きた大企業の中央研究所の終焉の後、新しいイノベーション・モデルを見つけられないまま漂流している。しかも、産業競争力を下支えする科学分野に限って収縮をしていて、科学もイノベーションもともに危機的な状況にある。すなわちイノベーション生態系が、この図に示すように、ミッシングリンクがあるわけです。大学と企業の間を今までは企業が埋めていたんですけれども、それが撤退したので完全にミッシングリンクができて、イノベーション生態系が成立しなくなった。
 それから2番目は、一方、アメリカはSBIR制度の断固たる持続的遂行を通じて、ついに新しいイノベーション・モデルを発見した。それはベンチャー企業の有機的ネットワーク統合体による開かれたアメリカ合衆国中央研究所モデルである。
 3番目、周回遅れの日本が科学もイノベーションも滅びゆく国にならないためには、科学者によるベンチャー起業を、起こす業を圧倒的に強く支援するほかはない。要するに、無名の若き科学者をイノベーターにする制度を、後ればせながら10年頑張ってやるということです。
 以上、述べてきたように、日本におけるイノベーションと科学の同時危機は、日本の科学技術イノベーション政策が決定的に間違っていたんですね。そのことにようやく気づいた我が国は、実は捨てたものじゃないです。私はこの今の話を2014年に全部見つけましたので、2014年に総合科学技術会議に乗り込みまして、講演をしました。講演をしたら、「ふざけんな」と、「要するに、大企業は駄目なのか」と罵倒を浴びました。大企業からだって立派なイノベーションが生まれるぞなんて言っていたんですけれども、結局、何も生まれない。それで、やっぱりベンチャー企業をちゃんと支援しなきゃいけないよねというコンセンサスが次第にできました。私の話を聞いて、そうだと思ってくれた人がいて、やっぱりそれはサイレント・マジョリティーで、その方々が何とイノベーション改革法をつくってくれました。これは内閣府です。2019年、昨年度というか、年でいうともう一昨年になりますけれども、内閣府がつくってくれました。本年度、だから、去年の3月にそれが閣議決定されて、5月ぐらいに法律として成立しました。そのイノベーション改革法は2つからなります。1つがこのSBIR改革法ですね。日本版SBIRはもうやめちゃおう。アメリカ版SBIRにしましょうという予算が組まれました。物すごい予算です。たしか2,000億円だったと思いますけれども、最初からそんなに飛ばしていいのかと思うぐらい、びっくりしました。それから、もう1つありまして、これは通称「出島法」というんですけれども、出島、つまり、どうも大学の中にオープンイノベーション機構というのをつくって、そこにオープンイノベーションの何か基地をつくろうとしたんだけれども、ことごとく失敗したんですね。それはもう大学は縛りが多くて駄目なんですよ。大学人はやっぱりイノベーションに興味を持ってないんです。というわけで、もう大学の外に置かなくちゃいけないということで、出島という名前をつけたんですね。名古屋大学の学長が、「出島と呼ぶということは、俺たちは鎖国をしているのか。」ということになりまして、それで文科省は腰砕けになって、名前を外部化法人と変えました。訳の分からない名前になりましたけれども、これは外部化法人という言葉を見ると、これは出島のことです。この2つができて、出島は実は、私は7企業、7大学、京都の連合体をつくろうとして、3年ぐらいずっと水面下でやっていました。山極さんを巻き込んで、京都の7大学、それから、あと堀場厚さんに賛同を得て、京都の7企業をまとめて、全体の京都連合という、これはクオリアフォーラムという名前をつけましたけれども、それを動かして、これが出島にいずれなるといいなと思っています。
 というわけで、日本はともあれ後ればせながら、ちょうどいい、今年の4月からこの2つが施行されますので、実際にSBIR、アメリカ版SBIRの募集がかかります。だから、サイエンス型ベンチャー、今まではサイエンス型ベンチャーはあまりないんですよ。ITベンチャーは随分あります。だけど、サイエンス型ベンチャーはあまりないんですね。特にバイオベンチャーがもっと欲しいんですよ。癌を治す。癌を全く今までと違うやり方で治すとか、そういうベンチャー企業が欲しいんですね。そういう社会課題を1つずつ解決するのはもうベンチャー企業じゃないと無理です。それで、この2つが、言わばこれからエンカレッジをみんながしてくれて、これが施行されますので、ぜひとも京都府もそれに向かって前に進んでほしいなと私は思っています。
 4番目、最後は、これは科学の本質を知悉して俯瞰できるイノベーション・ソムリエ、先ほど委員長のほうから言葉がありましたけれども、育成が必要ですね。京都は幸い大学がたくさんある。今まで博士号に行くとワーキングプアになって、もう職がないという時代でしたけれども、彼らをもう1度イノベーション・ソムリエに変えるということはできると思うので、そういう施策がきっとこれから有効なんだろうなと思います。そういうわけで、これらが周回遅れの日本にとって、次なる急務の課題だなというふうに思います。
 御清聴ありがとうございました。

 



 

◯島田委員  今日はありがとうございます。
 先ほど質問があればお答えするとおっしゃっていた、中国がなぜ世界一になったかということ。

◯山口参考人  ありがとうございます。時間の関係で飛ばしましたけれども、アメリカが復活したのはSBIRのおかげなんですよ。これは当時は分からなかった。だから、2015年に私があれだけエビデンスを見せて、何とか動き始めた。中国は全く違うやり方です。1990年代後半ぐらいから、非常に優遇された呼び戻し政策をしたんですね。具体的には、日本とアメリカとヨーロッパ、ここで博士号を取った連中に帰ってきてほしいと呼びかけたんです。帰ってきたら家もあげるし、それからオフィスもあげるし、それから、もしそれで開発に成功したら大きい産業用地も廉価で貸す。こういうやり方をしたんですね。私は興味深かったので1999年にその基地を見に行きました。幾つか基地があるんですよ。北京の近くにもあります。だけど、私が行ったのは煙台というところで、煙の台湾の台と書くところですけれども、遼東半島の青島の反対側というか、北側にある海辺のリゾート地です。行きましたら、市長が案内をしてくれたんですけれども、まだ1999年ですから中国は貧しい時代です。だから、ちょうどそれが功を奏してきた時代ですけれども、海辺に白い、真っ白い館が、アメリカ風の館がずらっと並んでいるんです。「あれは何ですか」と聞いたら、「あれは帰ってきたらあそこに住んでもらうんだ」と。250平米の邸宅です。大邸宅です。それから、超高層ビルがありまして、超高層ビルの中にオフィスがあって、「この空間をただであげるんだ」と。それから、成功したら、更地がありまして、そこに産業用地もあるということで、3点セットですね。私は思わず聞いちゃいました。1999年、まだ若かりし頃ですけれども、「俺でもいいか」と聞いたら、「大歓迎だ」と言うんですね。「国籍は関係ない」と言うわけです。当時はまだ中国は空気がきれいな時代だったので、すごく本気でそうしようかと思ったぐらいです。というわけで、そんな形で、物すごい優遇政策で呼び戻したんですよね。
 呼び戻して、ということは何を意味しているかというと、大事なことは、博士が大事だということです。博士に価値があると思ったんですね。博士こそが、科学はもちろん生んでくれるけれども、産業も新しいのを創ってくれる。そういうふうに思ったということは慧眼だと思います。日本は博士はワーキングプアともう決めちゃいましたから。だから、そこはもうみんな授業料を一生懸命払いながら博士を取って、結局、就職がないという、大変な社会なわけです。それと中国は歴然と差がついたというのは必然ですね。

◯島田委員  先ほども御指摘があったように、予算をちゃんとつけて、育てるし、食べていける環境を、土壌をやっぱり豊かにする政策が必要であるということ。教育の内容という点ではどうなんでしょうか。

◯山口参考人  教育の内容は、日本はすごく改善してきたと思います。1990年代に比べると、やっぱり私は科学というのは、つくづく思うんですけれども、やっぱり個人の自己の完全なる自由が得られて初めて研究ができるんですよね。ですから、そういう点では日本はそれをきちんと完備してきたと思います。ただ単に大学院生に給料をあげなかったのが失敗だっただけで、それを除いては非常にいいわけです。中国は、ここで中国の批判をするのも何ですけれども、やっぱり若者たちには完全なる自己の自由は与えていませんから。だから、それには限界があります。だから、科学の発展という意味では限界がありますけれども、中国でこれからノーベル賞が出るだろうと思います。出るけれども、それが最終的なイノベーションにつながるかというと、ある程度のところまで行くけれども、それはある程度のところまでであって、日本にはまだまだ新しい希望の芽があると思います。それは若者たちがまだ完全なる自己の自由を持っていて、やっぱり博士号を欲しいという人たちがいて、博士号を苦学しながらでもやっている連中がいっぱいいる。今やっかいなことに、私も世話をしてきましたが、博士号を取った連中が、京都大学でいうと、ほとんど外国に行きます。だから、これを何とかしなきゃいけない。

 まず1990年代を思い出すと、1990年代にばたばたと大企業が研究をやめていったのはもう言うまでもなく、先ほど委員がおっしゃったように、結局、シェアホルダーバリューという株主価値重視経営に切り替わって、短期的にしか考えられなくなった。5年以上、あるいは10年のことなんてもう全く考えられなくなった。だから、必然的にもう短期的経営になってしまった。アメリカも同じなんですよね。アメリカも実は、ベル研究所は潰れちゃいました。それから、IBMも研究から撤退した。これはもう株主価値重視経営の中でそうせざるを得なかった。だけど、アメリカのえらいところは、こうなるだろうということをちゃんと政府は戦略的に考えているわけですよ。だから、これからはイノベーションはどうもベンチャー企業からしか生まれないぞと思ったわけですね。だからこそ、仮説としてこのSBIRというか、政府が物すごいバックアップをして、若き無名の科学者をアントレプレナーにするという政策を始めたわけです。毎年毎年2,000億円から3,000億円も使ってですね。それが最終的に功を奏した。だから、つまり、イノベーションの生態系があるわけですよ。生態系があって、イノベーション・エコシステムといいますが、せっかく「生態系」という言葉があるから、私は「イノベーション生態系」と呼んでいます。この中のある部分が欠落するということを見抜いた。見抜いて、じゃ、これをどうやって埋めようかと決めた。ということですよね。
 だから、じゃ、日本はどうすればいいかというときに、まずとりあえずはこのイノベーション生態系の欠落部分を埋める。埋めるのはもう若者に埋めてもらう。大企業は埋められないので、若者に埋めてもらう。埋めてもらうためには、若者が、博士課程やポスドクにいる、要するに非常に短期雇用の人たちを、「あなた方、もちろん研究者になってもいいんだけれども、イノベーターになるという道もあるよ」ということを、選択肢を与えてあげる。これが大事ですよね。国はそれをとにかく一歩先へ進み始めたので、ぜひとも京都市、京都府が連携して、そうやってSBIRで採択された人たちを上手にさらに支援するというシステムをつくるということなんだろう。それがひいては科学とイノベーションの同時危機を救うんだろうと私は思います。

 1980年代、私は1984年から1985年までアメリカにいまして、ちょうどアメリカにいたので、いわゆる純粋物理をやっていたんですけれども、その間にいろいろアメリカを回って、例えばスタンフォードとかに行きまして、誰1人としてベンチャー起業家になりたいという人はいませんでした。みんな大学に残るか、ベル研に入るか、IBMに入るか、あるいは大企業、中央研究所に行くというのが目標でした。人生の目標です。アメリカはそういう時代があったわけですよね。このSBIRによって、言わばそういう風土、マインドセットが変わったわけです。だから、よくアメリカ人に会うと、アメリカの若者たちは勇気がある。だから、ベンチャー企業をとにかく創る。日本人は勇気がないと言いますけれども、これは真っ赤な嘘で、やっぱり明らかに制度が風土を変えたんですよね。それで、じゃ、日本はどうすればいいかということですけれども、そんなに難しくないと思います。まず、さっき言った、テーマを科学行政官が与えると言いましたけれども、これはビジョンを与えているんですよ。このビジョンは大企業じゃ無理だよねと。大企業というのは100億円の市場規模がないと乗り出しませんから。だから、100億円の規模があるかどうか分からないことには、大企業は絶対手を出さない。いわゆるパラダイム破壊には絶対手を出さない。分かっているので、これはビジョンを出す。ビジョンを出したら、それに向かう人、集まれとやるわけですよ。そうすると、もぐらの連中が集まってくるわけです。モグラの連中の中で、ちょっと気が向いた連中が、じゃ、何か商品化してみようかという、要するに横と縦がうまく連携するかどうかというところですね。だから、そういうシステムをつくる。つくっちゃえば、私もあそこのクリエイション・コア京都御車というところに入っていて、私は医学ベンチャー企業を創って、がんを制圧するベンチャー企業を創りましたけれども、周りの若者たちとよく会うんですが、最近の若者はベンチャー熱が高いです。だから、変わってきました。だから、日本は捨てたものじゃないと思います。

 私は実際にアメリカに行きまして、ワシントンD.C.の科学行政官30人ぐらいと、それから西海岸のベンチャー起業家に会いました。驚くべきことを見つけたんですけれども、科学行政官、いわゆるイノベーション・ソムリエと私が呼んでいる人たちは、後から帰ってきて思ったのは、全員白人なんですね。こっち側の起業家たちは1人を除いて非白人なんですよ。要するにリスクテイクなんですね。だから、もう後ろがないから起業家になるという、やっぱりそのリスクテイクの意識がすごく大事だろうなというふうに思います。それで、実際に科学行政官たちとアントレプレナーたちはどういうふうなコミュニケーションをしているかというと、半年に1回来て進捗を聞くということを言っていました。だから、それほどハンズオン性はないんだなと思いました。
 それから、文系というのはおこがましいですけれども、チーフ・ストラテジー・オフィサーが必ず1人います。チーフ・ストラテジー・オフィサーがいて、彼らがちゃんとネットワークを持って、SBIRが終わったときにはベンチャーキャピタルにお願いしなければなりませんから、ベンチャーキャピタルにお願いして、どうやって育てていくかというプランニングをします。つまり、さっきの分野地図の理系と文系の間のネットワーク性が非常に高いんですよね。それはやっぱりアメリカの特徴で、やっぱりベンチャー企業を育てたいという一群の人たちがいて、彼らを雇って育てるというやり方ですかね。科学行政官全員に聞きました。「やっぱり評価するときにビジネスパーソンが要るよね」と言ったら、「要らない」と言うんですよ。技術の良し悪しだけを見るというわけです。なんでかというと、技術がよければ幾らでもビジネスパーソンはやってくる。一緒にやる。だから、それは心配しない。アメリカの特徴ではありますね。そういうやり方で、会社を興してフェーズ1、フェーズ2というのは本当にでこぼこです。でこぼこというか、ぎくしゃくしながら動いている感じです。でも、フェーズ2を突破したときには立派なアントレプレナーになっている。そういうふうな印象を持ちました。