大量&危険「残土」どうするのか
京都府内縦断する北陸新幹線延伸(敦賀―新大阪)計画では、トンネル工事などにより大量の掘削土(建設残土)が出るとともに、残土からヒ素などの有害物質が検出される危険性が指摘されています。延伸ルートにあたる地域の住民らは、
「まともな処分方針もないまま、延伸計画は認められない」
と訴えています。
「大量の残土と、有害物質が出たらどう処理するのか? それを明らかにせずに着工するのはおかしい。」
こう語るのは、京都市右京区京北井戸町の住民らでつくる「北陸新幹線問題について知りたい井戸有志の会」代表の江口満さん(72)です。
府の試算では、工事で排出される残土量は約880万立方メートル(10㌧ダンプ140〜160万台分)。建設主体の鉄道建設・運輸施設整備支援機構は、環境影響評価(環境アセスメント)の方法書で、建設残土について、「排出量を抑制し、場内再利用を検討」「汚染土壌の影響が極力生じないよう処置を講ずる」とするのみで、具体的な処分方法や仮置き場は決めていません。
鉄道運輸機構は、2023年度の着工を前提に昨年12月から、延伸ルートにあたる府内市町の各地で環境アセスメントの本調査を開始しています。
右京区京北の6自治会のうち、山国自治会は、鉄道運輸機構に対し、現地調査の説明や情報開示、残土処理などの課題について、住民が納得できるよう求めています。
京北地域での住民説明会ををめぐっては、当初右京区の太秦で説明会が開かれ、京北地域で行われなかったことや、昨年10月に京北で開かれた説明会で音声が聞こえないトラブルが起こり、2回目の説明会を昨年11月に各地区で開催。残土の処分地やルートが明示されないことに住民から批判が相次ぎました。
延伸計画が命・自然・歴史脅かす
山国自治会では7月24日、鉄道運輸機構が同自治会内の10町内会長らに向けた説明会を開催しました。
山国自治会長の西山恒夫さん(69)は、説明会で、残土の処分地の明示や、これまでの調査データの公開などを求めたとし、
「自治会の住民の中でも賛否は分かれています。自治会や町内会で保有する山林もある。それぞれの住民の思いをよくた聞いた上でないと調査は認められません。簡単にアセスが進み、残土置き場も決められないまま着工されては困る」
と話します。
「井戸有志の会」では、残土やヒ素などの有害物質の問題について学ぶ学習会を開き、問題点を知らせるビラを広域で配布するなどしてきました。
前出の江口さんは、山国地域は、「常照皇寺京都府歴史的自然環境保全地域」があり、豊かな自然環境と歴史が息づく地域であると同時に、京北中部地域に給水する「山国浄水場」があり、さらには、京都・大阪までつながる桂川上流に位置するとして、
「ヒ素などで汚染されたら、京北だけでなく、京都、大阪にも影響が及ぶかもしれません。過去、土砂災害も頻発し、熱海のような土石流災害も心配です。人命や自然、歴史が奪われる事態も起こりかねない。こんな延伸計画は中止すべき」
と話します。
南丹市美山町の田歌区は昨年9月、本調査の受け入れを見合わせることを決議しています。7月10日には鉄道運輸機構に対して建設残土の処分方法や地域経済への影響などをただす質問状を提出。鞆岡誠区長は、
「熱海での土砂災害で大きな被害がでるなど、残土の処分は重大な課題。説明責任を果たさないまま、本調査は認められない」
と求めています。
「産廃」並みの残土規制法必要 北陸・北海道・リニアで9千万立米にも――畑 明郎〜日本環境学会元会長、元大阪市立大大学院教授〜さん
2018年の国交省の調査で、全国の建設発生土(残土)は約1.3億立方㍍で、うち70%の約9000万立方㍍が内陸に搬入されています。残土の不法投棄による土砂崩れや有害物質による汚染などの自然破壊が各地で問題になっており、法規制が必要です。
静岡県熱海市では、建設残土の不法投棄が原因で土石流が起こり、多数の死傷者が出る事態となりました。また、北海道新幹線延伸工事では高濃度のヒ素が発生するなど、各地でヒ素や鉛などの有害物質を含む残土処理が課題になっています。
残土の扱いをめぐり、各自治体で土砂条例を制定する動きが進んでいます。三重県では紀北町や尾鷲市などで大量に残土の投棄が行われ、問題になっていましたが、条例施行後は搬入量が減少しました。
自治体条例では抑止効果不十分
しかし、大量の残土・ 廃棄物処分地が集中していた滋賀県大津市では、土砂条例ができたために京都市伏見区の大岩山に残土を不法投棄する事態が生まれるなど、条例が制定されていない自治体へ残土が持ち込まれる事態も起こっています(京都市は2020年4月に土砂条例施行)。そして地方自治法の罰則には「懲役2年以下、または罰金100万円以下」という上限があるため、刑罰が軽く、抑止効果が十分には発揮されていません。
自治体の条例だけで対応できないことは明らかで、国が建設残土を産業廃棄物として扱うなど、厳格な法規制に踏み込む必要があります。
今後計画されている、北陸新幹線延伸工事をはじめ、リニア中央新幹線工事、北海道新幹線延伸工事の3事業だけで約9000万立方㍍の残土が排出される見込みで、残土の処分方法が決まらないまま建設を進めていることが各地で大問題になっています。大量の残土を排出するだけでなく、莫大な予算を必要とし、環境破壊を伴う事業そのものが見直されるべきです。
有害残土の危険性 ヒ素空気に触れると強い毒性――北海道客員教授・土方健二さん
地下水への影響懸念 鉄道運輸機構の対策不十分
一般企業に勤めていた時に、劇毒物の取り扱いの資格(衛生管理者と特定化学物質等作業主任者)を取り、化学物質を扱う業務をしていました。北海道新幹線延伸工事では、各地で激毒物のヒ素やセレンなどを含む残土が排出されているにもかかわらず、鉄道運輸機構の対策は不十分で、住民にまともな説明も行っていません。
ヒ素は、地中に広く分布しているもので、掘り出さなければ人体や自然に影響はありません。しかし、掘り出して空気に触れると酸化して「酸化ヒ素」となり土中の水分と反応して「亜ヒ酸」(青酸カリと同等以上)に変化します。水に溶けやすく毒性が強く、耳かき4杯分(約0.1㌘)で人の致死量に達します。ヒ素は遺伝情報を乱す性質があるので、微生物や小魚などの生態や、植物、農作物にも影響を及ぼします。
鉄道運輸機構は、住民説明会で「自然由来の重金属だから安全だ」「有害物質は吸着層、粘土で吸着されるから大丈夫」などと、いい加減な説明を繰り返しています。
自然由来でもヒ素は劇毒物で、掘り出せば川を流れ、地下水への影響も懸念されます。劇毒物を扱う有資格者が残土処理現場にいることも確約されず、その処理も下請け業者任せで、本当に安全な対策が行われるのか住民の中に不安が広がっています。
私は残土受け入れ候補地となった札幌市手稲区金山地区に住んでいます。受け入れに反対する署名は1万人を超えるなど運動が広がり、計画はストップしています。
ヒ素などの激毒物は北海道だけでなく、京都府内など全国どこでも掘り出せば出てくる危険性があります。住民の声を聞き、北海道新幹線、北陸新幹線延伸などの大型公共事業は見直すべきです。
北海道新幹線延伸工事では…取水地近くに有害残土置き場計画
住民猛反対で受け入れ中断 激毒物検出で井戸取水停止の地区も
北海道新幹線延伸工事やリニア中央新幹線計画では、大量の建設残土の処理とともに、ヒ素などの有害物質が基準値を超えて含まれていることが大きな問題になっています。
北海道新幹線延伸計画では、有害物質を含んだ建設残土の処理や受け入れ地をめぐり、住民の反対運動が広がっています。
同計画は、新函館北斗(北斗市)から札幌市へ、約212kmを延伸する計画。約2000万立法㍍の残土が排出され、うち約650万立方㍍(約3割)が猛毒のヒ素をはじめ、鉛、カドミウム、六価クロム、水銀、フッ素などの有害物質を含む「要対策土」と想定されています。
鉄道運輸機構は、要対策土の受け入れ地を自治体に依頼・公募し、候補地を選定するとしていますが、選定過程が不透明で、住民の反発を招いています。
要対策土の受け入れ候補地とされた札幌市手稲区金山地域では、計画地が土砂災害警戒区域の直近で、7700世帯に給水する宮町浄水場の取水地から280㍍しか離れていないことから、住民の不安の声が相次ぎ、1万7000人分以上の反対署名が集まりました。また同区山本地区でも署名が7000人分以上集められるなどし、両地区での計画は中断しています。
金山地区に住む土木技術者の男性は、
「土砂災害警戒区域や浄水場の近くに有害残土置き場を作るのがおかしいというのは誰が考えても分かること。安定した地盤に見えても洪水や下流の河川を汚染するおそれはある。利便性だけを求めて、有害残土が各地にまき散らされるようなことがあってはなりません」
と話します。
基準値270倍の条件不適土が
残土の受け入れ計画が進行している北斗市では、昨年11月、基準値の270倍ものヒ素を含む「条件不適土」が大量に発生したことが判明。要対策土用の処分地に適さないため、仮置き場の土が満杯になり、工事が中断する事態となりました。
また同市では6月、村山地区の要対策土の搬入地(容量:59万立方㍍)に約17万立方㍍を搬入した段階で、環境基準値を超える激毒物の重金属「セレン」が検出されたことが判明。機構側は、近隣の世帯の井戸水の取水を停止し、生活用水を給水。市の要求で、残土搬入を中断しています。
日本共産党の前田治北斗市議は、
「270倍のヒ素、セレンなど有害物質が相次いで検出されています。市側も搬入中断を求めるなど、住民の声が行政を動かしています。住民に情報を公開し、安全を確保させるために全力をあげたい」
と話しています。
同党北海道委員会は、札幌延伸計画は有害残土問題以外にも、ずさんな需要予測や建設費用負担、並行在来線問題、自然破壊や騒音問題があるとし、計画の凍結、中止を含めた再検討を求めています。
リニア新幹線工事では…岐阜県内工区でウラン検出も
岐阜県瑞浪市では、JR東海が進めるリニア中央新幹線建設工事の日吉トンネル南垣外工区で、残土から複数回、放射性物質である微量のウランが検出されていたことが判明しています。同地には日本最大のウラン鉱床が広がっているためで、住民から残土の処理をめぐって不安の声が広がっています。
同地で、16年から独自に放射線量を測定している、「春日井リニアを問う会」の川本正彦さんによると、瑞浪市に隣接する御嵩町内のリニアトンネル直上で、一般の実効線量限度の約3倍にあたる、最高毎時0.341㍃シーベルトを計測したとし、
「福島原発でも放射能汚染された土の処分が問題になっていますが、同様の問題が岐阜でも起こっています。放射線量が下がるまで数万年という時間が必要となり、残土を受け入れる場所は決まっていません」
と話します。
リニア計画では、岐阜県だけでなく、愛知、長野、静岡など各地で莫大な残土処理場の確保や、有害残土の処理、残土を運ぶトラックの台数の増加などが問題となっています。川本さんは、
「京都の北陸新幹線延伸計画でも、ヒ素などの有害物質が出るおそれがあります。有害物質は掘らなければ出ることはありません。地下水や環境を守るためにも、住民が声を上げ、情報を開示させていくことが重要です。」
と強調します。